2008年02月12日

まだ続けるの「オーラの泉」

テレビは免許制、新聞や雑誌と違って、自由に放送局が設立できるわけではない。

テレビがいい加減な番組を作って放送して、自浄作用が働かないと、いずれ総務省が首を突っ込んできて、場合によっては免許剥奪にもなりかねない。

未だ霊、占い番組を放送しているのを見ると、放送倫理番組機構(BPO)」の機能を強化したといっても、機能しているとは言いがたい。

BPOがもう当てに出来ないなら、新聞も誰もテレビを監視しておらず、もはや市民がテレビを監視する以外ない。

新聞も誰もテレビを監視しておらず、悪質な番組に、誰も何も言わないと、いずれ表現の自由、言論の自由が脅かされて、健全な民主主義が自壊する恐れがある。

フジテレビは産経、日本テレビは読売、TBSは毎日、テレビ朝日は朝日新聞、テレビ東京は日本経済新聞。

新聞とテレビは、資本関係にある。

政府はテレビの免許制を通じて、新聞を牽制、影響を及ぼしかねない。

それゆえ細木数子サンの占い番組、江原啓介サンのスピリチュアル番組を垂れ流しているテレビには、批判の目を向け、厳しく監視していく必要がある。

現実に霊感商法、ヒーリング商法の被害が拡大しているのに、テレビにその責任が全くないとは言えないだろう。

細木サンの番組はこの3月ですべて終了すると聞いているが、江原サンの「オーラの泉」は、まだ続けるつもりなのか。

スポンサー企業も、よく考えてもらいたい。

スポンサー企業も、バーゲンハンターばかりを追っかけていれば、視聴率さえ上がれば、どんな番組でもいいかもしれない。

だが、優良顧客を作り出すロイヤリティマーケティングの上では、いかがわしい番組のスポンサーを続けていれば、いずれこれまでの優良顧客は離れるし、これからならんとする優良顧客も育つはずもない。

企業イメージにとって、プラスとなるのか、その計算もしたほうがいい。
posted by 新聞批評 at 09:35| Comment(2) | TrackBack(0) | テレビ朝日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月06日

捏造が見えにくいスピリチュアル

何ともいかがわしい番組が、大手を振っている。

われらがヒーロー、国民的スーパースター、新庄剛志がテレビに主演する。

次から次へと、有名人、著名人がゲストに招かれ、江原啓介サンと肩を並べるから、江原サンはテレビに認められた存在として、その格がグーンと上がる。

フジテレビ系の特番「天国からの手紙」、テレビ朝日系「オーラの泉」も高い視聴率を誇るという。

民放連の放送基準に
「迷信は肯定的に取り扱わない」
「占い、運勢判断、およびこれに類するものは、断定したり、無理に信じさせたりするような取り扱いはしない」

としているが、テレビ朝日は「放送基準にのっとって、制作している。守護霊、オーラなどのカウセリングについて、肯定的にも、否定的にも扱っていない」とする。

しらじらしい番組擁護では、テレビ局による自浄作用も期待できないし、これでは権力が介入する口実を与え、ついには日本に言論の自由、表現の自由が脅かされる危険性がつきまとう。

関西テレビの「発掘!あるある大事典U」はデータの捏造で、偽装番組として糾弾されたが、「スピリチュアル」とか「霊と交信」となると、データがあるわけではないから、捏造が目に見えにくい。

インチキ、デタラメも、テレビでまことしやかに、垂れ流されているのも、視聴率さえ上がれば、何をやってもいいというのが、今の日本のテレビの姿勢だからであろう。

「オーラの泉」のスポンサー企業も、非科学的な怪しい番組に手を貸していることを忘れてはならない。

そして企業イメージに傷がつき、企業ブランドを下げることになるなりかねない。

「オーラの泉」のスポンサー企業はどこ?

★フジ番組は公共財か
http://blog.livedoor.jp/seiji77/archives/50145208.html

★どこがおかしいニッポン放送狂騒曲
http://blog.livedoor.jp/seiji77/archives/50145213.html
posted by 新聞批評 at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ朝日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月04日

田原総一朗氏の「テレビと政治」

民衆の非理性的な感情で政治目的を遂げることをポピュリズムと呼ぶ。

近頃テレビでは、政治家に芸能人を加えた政治バラエティー番組や、政治討論番組をバラエティー化して、視聴率を上げようとして、色々工夫している。

だが、このバラエティー化した政治テレビ番組が、ポピュリズムの役割を果たしていることはないのだろうか。

2007年4月2日付け朝日新聞「私の視点」は、田原総一朗氏の「テレビと政治ーバラエティーはすべて悪か」だった。

朝日新聞が「テレビと政治」のメディア論になぜ田原総一朗氏を登場させるのか。

田原氏は陳腐なテレビ擁護論者で、それを新聞メディアが掲載するなどとは、ブログ、ネットの新しいメディア潮流の中で、いささか時代に遅れたアナグロ論者にも思える。

テレビ朝日「サンデープロジェクト」での田原総一朗氏の司会ぶりはどうだろう。

経済政策を語ろうとすれば、「ちょっと待って。そんな難しい話しても視聴者にわからない 」。

「視聴者をなめているのか、それとも、おまえが馬鹿なのか。そんなに難しくないぞ。」

という、視聴者の声は、田原氏には届いていない。

やみくもな反対でなく、条件が整ってないから反対、と理論的に語ろうとすれば、
「いいから、賛成、反対、どっち」
「ですから、その前提として」
「はっきりしないなあ、だから××党はだめなんだ」
となる。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=8176558&comm_id=673810

「ワンフレーズ・ポリティクスを推進したのは田原氏」だったという、視聴者の冷ややかな視線を田原氏自身まだ感じ取っていないとしたら、田原氏は世の中から少し取り残された、時代の嗅覚が鈍い幸せ者。

視聴率を上げるために、番組を面白くするために、ポピュリズムに走っていることはないのか。

少しはテレビが権力監視の役割を果たすような鋭いツッコミをたまには入れたらどうだろう。

★石原都知事にヨイショするばかりの司会者・田原総一郎さん
http://newspapers.seesaa.net/article/34032560.html
posted by 新聞批評 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(1) | テレビ朝日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月18日

財部誠一さんが司会者に代わって迫った

「すべて答えます!疑惑の数々」

テレビ画面の下にテロップがあるが、東京都知事にヨイショするばかりの司会者・田原総一郎さん。

いつまで石原慎太郎・都知事の自慢話を聞かされるのだろう。

都民でない全国の視聴者が退屈していたところに、ようやくコメンテーターの財部誠一さんが司会者に代わって、都知事の話の腰を折って、本題に迫った。

メディアの機能が弱い。

権力を監視し、対峙しなければならないのに、それができない。

特にテレビ朝日「サンデープロジェクト」は、本音の報道・政治討論番組をウリにしているのに、それがない。

司会者は弱小政党の社民党・福島みずほ党首には高圧的な態度で話をさえぎってしまうが、自民党の権力政治家には、どこまでもヨイショがうまい。

また同じ自民党でも、雑魚議員には小ばかにする。

テレビは権力に対して、抵抗力をもって突っ込まなければ、国民の知る権利に応えることはできず、もはやジャーナリズムとはいえないのに、それに気づきながらも、何もしない。

中国海軍の潜水艦が事故のため、南シナ海で航行不能と報じた読売新聞(05年)。

この記事をめぐり、防衛省情報本部の1等空佐が秘密漏洩(ろうえい)。

警務隊が情報提供者への捜査を進め、報道の自由を脅かす事態となった。

昨日(2007年2月17日)の朝日新聞社説は「知る権利が危うい」としているが、国民の知る権利が危ういのは今に始まったことではない。
posted by 新聞批評 at 15:37| Comment(1) | TrackBack(0) | テレビ朝日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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