2007年03月19日

エンベット(embed)・メディアは真実を語っているか

メディアは真実を語っているだろうか。

同じ事象であっても、言い方によるイメージが随分異なることがある。エンベット(embed)がそうだろう。

エンベットとは、ぴったりはめ込む、埋め込むという意味。

マスコミでは戦争などで最前線部隊と寝食を共にして取材する従軍取材方式、と説明される。

表現からのエンベット、すなわち表現からの埋め込みで、たとえばテロとアタックを見ると・・

イラクの武装勢力を「テロ」と呼ぶメディアと、「アタック」と呼ぶメディアがある。

テロなら許しがたい犯罪行為だが、アタックなら武装勢力にも理があることになる。

フランスの英雄ナポレオンだって、周辺国から見れば、許しがたい侵略者。

反英闘争に生涯を賭けたインド独立の英雄、ラス・ビハリ・ボースだって、イギリスから見れば、犯罪者テロリストだった。

イラクの武装勢力を英BBCは「テロ」とはせず、「アタック」としていた。

BBCはこの事象を客観的に抵抗運動として見ていたのだろう。

また米メディアはイラク人捕虜を「虐待」としていたが、アラブ・メディアでは「拷問」としており、ここにもエンベットが働いている。

同じことでも、言い方によって、想像するものが随分異なる。

北朝鮮の「ミサイル発射」と言う日本のメディア。

これを「発射実験」と伝えたなら、どう感じるだろうか?

世論や時代の空気はメディアのエンベットにより作られるかも。

まもなくイラク開戦7年目を迎える。

★歴史が審判するー対イラク戦争(開戦時)
★税金使うに民主化PR(開戦2年目)
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2007年01月31日

メディア戦略で国民は熱狂

2005年9月11日は、衆議院総選挙でした。

小泉純一郎首相が党内の反対勢力を追い出すために、郵政民営化で衆院を解散してしましました。

そこで、ジャーナリスト出身のムッソリーニ顔負けのメディア戦略を練って、国民は熱狂しました。

閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」より。

「大衆操作と宣伝メディア」(2005年09月23日)

大衆操作は権力エリートにより巧妙に行われる。

政府、政党、官僚により、あるいはジャーナリスト、評論家、知識人が新聞、テレビ、雑誌などに登場して、一般大衆の人間の自尊心や自発性に訴えながら、権力エリートの欲する方向へ、市民が望み考え、支持するようにリードしていく。

その際、用いられる言葉はシンボルと呼ばれる。

改革を止めるな。前進か後退か。賛成か反対か。

郵政民営化法案が参院で否決され始まった衆院解散総選挙は、この政治シンボルに言葉の魔性が潜んでいた。

大衆を統治する上で、行動による物理的強制でなく、心理的強制をどのように図るかは、現代民主主義では、政治シンボルが極めて重要な役割を果す。

大衆操作は消極的には情報を統制規制、積極的には政治シンボルを使用し、大衆による支持のムードや熱狂的情動をかきたてることによりなされる。

今回の総選挙では、小泉・自民党はこれが成功し、岡田・民主党にはこれがなかった。

またメディアは小泉・自民党の宣伝の道具になっていなかったのか。

大衆にはこれが見分けられなかったのか、あるいは見透かせての賢明な選択だったのか、今後の4年間で解答が得られるが・・

いずれにせよ小泉純一郎・総理大臣は、メディア利用を知り尽くしたムッソリーニに並ぶ大衆を権力維持の手段として利用した類まれな政治家だったことは証明されたかも。
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2007年01月29日

情報の独占体制崩れかかっています

既存メディアは大資本によります。情報は大資本の手の中にあります。

日本の情報は大手メディアが独占しています。

ところがネットの時代を迎えて、その独占体制が崩れかかっています。

閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」より。

「戦後民主主義とメディア」(2005年07月27日)

60年前の7月26日、米英中3カ国の名で発せられたポツダム宣言に対して、鈴木貫太郎内閣は、これを黙殺した。

米ソ協調のルーズベルトに代わって反共強硬派のトルーマン大統領は、ソ連参戦の前に戦争を片付けるため、広島、長崎へ原爆投下を決定した。

8月15日終戦、アメリカ占領政治が始まった。

軍政による直接統治ではなく、日本政府機関を通しての間接統治。

戦後日本の民主主義は米占領によって与えられたものであって、国民の間から民主的な政治勢力が台頭して、内部から旧体制が打倒された民主主義ではなかった。

そこではGHQによる政府への指令、間接統治下に旧体制の破壊と民主化が進められた。

その手段に新聞ラジオが利用され、地方政治においては行政広報活動によりなされ、その成果が世論調査でチェックされた。

その後テレビが登場し、普及すると、学者、評論家を番組に送り込んで、巧みに情報操作、世論誘導を行うようになった。

ところが権力、支配集団に思わぬ予想外の事態が・・

インターネットの出現により、ブログなどで意見申述が、何の規制もなく自由にネット言論として既存の巨大資本メディアに立ち向かうようになってきた。

言論の自由は巨大資本メディアがほぼ独占し、一見あるように思われる一般市民の手には、実はなかった。

言論の自由は民主主義の根幹を成していたはずだが、実質、巨大資本メディアのみにあって、一般市民にないとすれば、その民主主義も実は怪しい。

ネット時代におけるオンライン新聞は、巨大資本がなくてもホームページ、ブログで手軽に出来るすべてのインターネットユーザーに開かれ、情報を独占し統制することで、世論を誘導する従来の一方的なコミュニケーションではなく、双方向性で自発的ネットワークのコミュニケーションとなっている。

資本もいらない誰もが手軽に行えるインターネット言論は、既存の情報秩序への挑戦であり、戦後民主主義の自由言論の新たな担い手になるのかも。
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2007年01月28日

現代にも使われるプロパガンダ戦略です

現代にも使われるプロパガンダ戦略です。

「宣伝分析研究所」(2005年06月03日)

アメリカは第1次、第2次世界大戦で、国内世論を誘導するため、プロパガンダ戦略を展開。

第2次大戦中、これをあの「宣伝分析研究所」で情報操作の研究を行って、そこで有名な政治宣伝の「七つ原則」を見いだしている。

それらは、以下の通り。
(1) 攻撃対象の人物・組織・制度などに、憎悪や恐怖の感情に訴えるレッテルを貼る「ネーム・コーリング」(悪名付け)。たとえば、非人道的、アカ、反日分子・・
(2) 権力の利益や目的の正当化のための、「華麗なことばによる普遍化」。たとえば、自由、正義、民主化・・
(3) 権威や威光により、権力の目的や方法を正当化する「転換」
(4) 尊敬・権威を与えられている人物を用いた「証言利用」
(5) 大衆と同じ立場にあることを示して安心や共感を引き出す「平凡化」
(6) 都合の良いことがらを強調し、不都合なことがらを矮小化したり隠したりする「いかさま」
(7) 皆がやったり信じていることを強調し、大衆の同調性向に訴える「バンドワゴン」(楽隊馬車)

この研究は政治宣伝の古典だが、現代でもより巧妙に行われており、週刊現代Onlineで紹介されている。

つまり、アフガン戦争においてーー
(1)「凶悪テロ組織アルカイダ」、その「首魁ビンラディン」、「非人道組織タリバン」など。
(2)「自由と正義を守るための戦い」では誰も文句がつけられない。
(3)国連安保理でのテロ非難緊急決議では納得してしまう。
(4)英ブレア首相に「ブッシュ大統領の全面支援」を明言してもらう。
(5)9・11テロ現場で大統領が消防隊員と肩を組み「われわれ」と言って、われわれの味方となる。
(6)ピンポイントでトマホークが命中した軍事施設の写真は公開するが、誤爆した民家の写真は絶対出さない。
(7)米国民の90%が大統領支持を強調すれば、反論は封殺される。

政治宣伝は大衆の心理操作を言葉による説得、暗示により巧みに行うことで、世論を誘導することが出来る。

これは明治学院大学・川上和久教授『情報操作のトリック その歴史と方法』(講談社現代新書)の研究によるもので、テレビ報道番組ザ・スクープでも紹介されたようだが(私は見ていない)、それよりはるか前に立教大・早川善次郎教授が論述しており、特に目新しいプロパガンダ論ではない。
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2007年01月27日

世論操作はメディアを通じて行われます

世論操作は新聞、テレビ、雑誌などメディアを通じて行われています。

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「擬似世論に粉飾政治」(2005年05月17日)

会社が儲かってもいないのに、儲かっていると見せかければ、これは粉飾決算。

上場企業であれば、市場から退場しなければならない。

東証1部上場の名門企業、カネボウは株主、投資家を長年騙し続けて、そうなった。

政治はどうだろう。

擬似世論の上に立つ政治が、粉飾政治と言えないだろうか。

いかにも正論を報道するメディアが実際の国民世論として見せかけた、よく独裁国家にありがちな世論。

民主主義と呼ばれる国だってある。

いかにも不偏不党、公正中立に装ったメディアが、様々な事象を解説、報道するメディアが、大衆操作、大衆洗脳・・

権力エリートが、まず権力になびく新聞、テレビ、出版に大衆を操縦し、巧みに世論を製造する。

既存メディアは権力エリートの正当化に利用されるただの道具。

以前なら喜んで見ていた日曜朝10時のテレビ朝日系の政治討論も、何だかそういうところが透けて見える。

権力エリートは世論を政治に反映させることよりも、世論を操縦することに知恵を絞る。

それに大衆が迎合し、罵詈暴言、誹謗中傷を繰り返す。

そんなことが日本にはないのだろうか。

権力エリートの罠にはまってはならない。
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2007年01月02日

世論操作はプロパガンダでなく写真も

世論操作は、プロパガンダだけでなく、写真でも可能です。

閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」より。

「一枚の写真」(2004年08月30日)

05年8月30日、朝日新聞一面トップに「党首討論会に出席した6党の党首たち」の写真が否応なく目に入る。

真ん中、中央の一番目立つところに自民党の小泉潤一郎首相、そして一番右端が社民党の福島瑞穂党首、右2番目が共産党の志位和夫委員長が立つ。

そして小泉首相と志位委員長の間に隠れるように、民主党の岡田克也代表の姿がやっとみえる。

そして一番左端に国民新党の綿貫民輔代表、小泉首相に次ぐいいアングル、その隣に小泉首相と挟まれるように公明党の神崎武法代表はやや目立たない。

一枚の写真が世論を呼び起こすことがある。

湾岸戦争の際、ペルシャ湾をバックに一羽の鳥が油まみれになった写真がある。

そこにキャプション・・内容は記憶にないが・・

パイプラインを破壊し、環境を破壊するイラクのフセイン大統領に憎しみを向けさせることを狙ったともいわれるが、何らかの意図が働いていたのだろうか。

1コマの映像が世論を誘導することもある。

ソマリアに初の強制力のある国連・平和執行部隊が派遣された際、米軍兵士が現地人に引きずり回された。

米世論はソマリアの平和のために行った米軍兵士たちがなぜ現地人から憎しみを買うのか理解できず、一気に米軍撤退に傾き、米政府はソマリアから米軍を引き上げた。

何の利益にもならない米軍を引き上げたい政府の世論誘導に映像を流したのも知れない。

郵政民営化をめぐる論争の一点に絞りたい自民党は、自民党対野党の構図をこの一枚の写真で示すことができたのでは。

民主党にとっては、どう見ても二大政党の写真になっていない。
posted by 新聞批評 at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 世論操作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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