2007年03月25日

開戦支持に知らん顔

3月20日、イラク開戦4年目を迎え、アメリカによるイラク開戦を支持したメディアの論調をどうなのか、目を通してみた。

日本経済新聞は開戦やむなしと支持をした。

それから4年、イラク戦争で、アメリカ軍の戦死者は3000人を超え、アメリカの国内世論は撤退論が強くなっている。

そして議会の多数派を占める民主党も撤退論を主張して、なかった大量破壊兵器を根拠に開戦したブッシュ政権とそれを支持したメディアについて検証が始まっているという。

ところが日本ではどうだろう。

日本経済新聞はどうだろう。

3月19日、20日の社説では、それに触れない。

21日、22日に1面で「イラク開戦ー基軸なくした世界と日本」のシリーズを2回設けたが、何を言いたいのかよく分からない。

開戦が支持したことに、今はどう考えるのか、何の検証もないまま、知らん顔。

都合が悪いことには何も言わない、しない姿勢でいるが、これが保守良識派といわれる日経の態度だということは、よく記憶にとどめておきたい。

★歴史が審判するー対イラク戦争(開戦時)
★税金使うに民主化PR(開戦2年目)
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2007年03月20日

いよいよ根幹を揺るがすところまで進んだ

とうとう、こうなちゃった。

テレビがいい加減だと、報道の自由が脅かされ、国民の知り権利がないがしろにされ、民主主義が危なくなる。

だから、04年に続いたNHKの不祥事のときに、「自浄作用を効かせないと、まもなく放送担当の総務省が首を突っ込んでくるのでは。」とブログで警告をした。
http://newspapers.seesaa.net/article/33673261.html

そのテレビの自浄作用が働かない。

関西テレビの「発掘!あるある大事典U」が、またやった。

案の定、総務省が放送法改正を煉っていた。

捏造再防止策の要求。

そして、NHKには、政府が任命する委員で構成する経営委員会は承認機関にすぎなかったが、決定権をもつことになる。

権力監視するジャーナリズム機関が政府介入を招くことになった。

報道に自由が脅かされる危機があるというのに、のん気に占い、スピリチュアルやっているテレビは、自らを厳しく律する自覚があるのだろうか?

まあ、視聴率を上げるために適当な番組作って、高給もらっていれば、生活安泰とテレビサラリーマンは割り切っているのだろうか。

いい加減なテレビのお陰で、日本の健全な民主主義が、いよいよ根幹を揺るがすところまで進んだ。

★捏造番組で自浄作用が働かないと
http://newspapers.seesaa.net/article/33822554.html
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2007年03月19日

エンベット(embed)・メディアは真実を語っているか

メディアは真実を語っているだろうか。

同じ事象であっても、言い方によるイメージが随分異なることがある。エンベット(embed)がそうだろう。

エンベットとは、ぴったりはめ込む、埋め込むという意味。

マスコミでは戦争などで最前線部隊と寝食を共にして取材する従軍取材方式、と説明される。

表現からのエンベット、すなわち表現からの埋め込みで、たとえばテロとアタックを見ると・・

イラクの武装勢力を「テロ」と呼ぶメディアと、「アタック」と呼ぶメディアがある。

テロなら許しがたい犯罪行為だが、アタックなら武装勢力にも理があることになる。

フランスの英雄ナポレオンだって、周辺国から見れば、許しがたい侵略者。

反英闘争に生涯を賭けたインド独立の英雄、ラス・ビハリ・ボースだって、イギリスから見れば、犯罪者テロリストだった。

イラクの武装勢力を英BBCは「テロ」とはせず、「アタック」としていた。

BBCはこの事象を客観的に抵抗運動として見ていたのだろう。

また米メディアはイラク人捕虜を「虐待」としていたが、アラブ・メディアでは「拷問」としており、ここにもエンベットが働いている。

同じことでも、言い方によって、想像するものが随分異なる。

北朝鮮の「ミサイル発射」と言う日本のメディア。

これを「発射実験」と伝えたなら、どう感じるだろうか?

世論や時代の空気はメディアのエンベットにより作られるかも。

まもなくイラク開戦7年目を迎える。

★歴史が審判するー対イラク戦争(開戦時)
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2007年03月14日

検証イラク報道と言論で見る産経の立場

2007年3月14日付け「検証イラク報道と言論」で、朝日新聞が主要5紙社説を比較した。

開戦に否定的な朝日、毎日に対して、読売、産経、日経はやむなし、賛成した。

ここで、千野境子・産経新聞論説委員長は、「日本にとって日米同盟は最優先事項であり、米英の武力行使支持や自衛隊派遣という決定は妥当だった」とした。

日米同盟のためなら、というのが開戦賛成の最大の理由だって?

そもそも開戦の理由そのものは、どうでもよいというのだろうか、それとも、それを問わないというのだろうか。

アメリカが首をかしげるようなことをしても、ジャーナリズムが日米同盟を金科玉条としていて、いいの?

邦人の人質事件でも、自己責任論、バッシングの先頭に立ったのが、産経新聞だった。

日本と同じように人質となったイタリアの女性ジャーナリストは、イラク派遣をしたイタリア政府のイラク政策を批判したが、イタリア政府はそれでも政府の責務という立場で、保護をした。

そして女性記者をかばうようにして、SPがイラク武装組織の銃弾を浴び、亡くなった。

人質がどんな思想をもとうが、イタリア政府のような対応なら、世界から敬意を持たれるだろう。

政府の最大の任務は、国民の生命財産を守ることだから・・

産経新聞は、この点でも、政府の役割を十分説明していない。

★イラク人質擁護で集団非難の嵐とは
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2007年03月10日

タイ「iTV」が閉鎖

タイ唯一の地上波民間テレビ局「iTV」が閉鎖される、と小さく新聞記事にあった。
(2007年3月7日付け朝日新聞)

放映権料や違約金約1千億バーツ(3500億円)を期限までに政府に納めることができず、免許が失効したためという。

「iTV」開局から閉鎖まで、そのアップダウンが激しい。

民主化を求める市民らが武力弾圧した政変の後、政府系テレビ局が軍寄りの報道をしたため、新聞社や銀行などが出資して、初の民放局として開局した「iTV」。

権力監視のジャーナリズム本来の役割を担うはずだった。

ところが政府から嫌がらせ。

政府の介入で、報道中心の番組編成で、視聴率は上がらず、その上、巨額な放映権料が求められ、経営難に陥ってしまった。

そこでタクシン前首相系の企業に身売りされると、一転、放映権料は大幅減額に、娯楽番組が認められたという。

で、経営は黒字転換したというが、それはなるだろう。

テレビ局を生かすも殺すも、政権次第という、とってもご都合主義なお国柄。

だが、これがジャーナリズムと言うには、いかに民主主義が貧困か。

そして、昨年9月のクーデター後、今度は最高行政裁判所から、放映権料の減額措置が取り消しされた。

行政裁判所は公正中立なのか、それとも新政権側なのか、またまたドンデン返し。

常に政権側のイエスマン、宣伝機関になっていなければ、テレビは生き延びることはできないのか。

このことを、よその国のことと、思っていていいのだろうか?
posted by 新聞批評 at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月28日

パロマと松下の情報格差は何だ

パロマ工業のガス器具事故により、多数の方々が亡くなられた。

謹んで哀悼の意を表するとともに、メディアのパロマに対する情報伝達と、その後も続いたリンナイ、松下電器産業、特に松下とのそれと、少し様子が違う点に触れたい。

テレビによるパロマへの批判は凄まじかった。

若い社長は、茶の間の視聴者を前に、吊るし上げ。

記者会見は「責任者出て来い!」の糾弾集会になっていた。

メディアを前に事故の実験まで公開した。

そしてリンナイ・・パロマほどのメディア・スクラム(集団過熱取材)ではなかったが、それでも情報量はかなりだった。

ところが、「松下よ、お前もか!」では、どうだろう。

朝日新聞が申し訳程度に社説で、「これまで余り報じられてこなかった松下電器産業の製品でも、48人が死亡したことが分かった。パロマ工業やリンナイ製の事故が大きな問題になっていたのだから、松下も利用者の注意をもっと喚起すべきだった」とした。

パロマ、リンナイでは大きな問題。

だが、松下では大きな問題となっていないことを新聞は認めたの?

テレビはメディアとして当然と言える、特集まで組んで、パロマを叩いた。

ところが松下に対しては、テレビはほとんど報じてはいない。

「名古屋の田舎企業」(テレビコメンテーター)には、何の遠慮もなく、好き勝手に扱うテレビも、天下の松下には、巨額の広告料が番組制作に影響を与えているかのようにも見える。

犠牲となられた方々の一人の命には変わりがないのに、巨大スポンサーへの配慮が、パロマと松下の扱いでは、まるで違うのではないのか。

この情報格差は何だと思う。
posted by 新聞批評 at 09:53| Comment(0) | TrackBack(1) | 広告・マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月18日

財部誠一さんが司会者に代わって迫った

「すべて答えます!疑惑の数々」

テレビ画面の下にテロップがあるが、東京都知事にヨイショするばかりの司会者・田原総一郎さん。

いつまで石原慎太郎・都知事の自慢話を聞かされるのだろう。

都民でない全国の視聴者が退屈していたところに、ようやくコメンテーターの財部誠一さんが司会者に代わって、都知事の話の腰を折って、本題に迫った。

メディアの機能が弱い。

権力を監視し、対峙しなければならないのに、それができない。

特にテレビ朝日「サンデープロジェクト」は、本音の報道・政治討論番組をウリにしているのに、それがない。

司会者は弱小政党の社民党・福島みずほ党首には高圧的な態度で話をさえぎってしまうが、自民党の権力政治家には、どこまでもヨイショがうまい。

また同じ自民党でも、雑魚議員には小ばかにする。

テレビは権力に対して、抵抗力をもって突っ込まなければ、国民の知る権利に応えることはできず、もはやジャーナリズムとはいえないのに、それに気づきながらも、何もしない。

中国海軍の潜水艦が事故のため、南シナ海で航行不能と報じた読売新聞(05年)。

この記事をめぐり、防衛省情報本部の1等空佐が秘密漏洩(ろうえい)。

警務隊が情報提供者への捜査を進め、報道の自由を脅かす事態となった。

昨日(2007年2月17日)の朝日新聞社説は「知る権利が危うい」としているが、国民の知る権利が危ういのは今に始まったことではない。
posted by 新聞批評 at 15:37| Comment(1) | TrackBack(0) | テレビ朝日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月16日

捏造番組で自浄作用が働かないと

2004年はNHKの不祥事が続いて、「そろそろ自浄作用を効かせないと、まもなく放送担当の総務省が首を突っ込んでくるのでは。」とブログで警告をした。
http://newspapers.seesaa.net/article/33673261.html

テレビ局の自浄作用が働かないと、政府の介入を招きかねないことは自明の理。

テレビ関係者は、このブログを読んでいなかったのか。

捏造番組の「発掘!あるある大事典U」。

収録後、関西テレビのチーフディレクターは「良い出来だね。何か海外の賞に出そう」とポロリ。

「やばい」と捏造発覚を恐れたアジト社長は「何とかしないとまずいよね」と言いながら、放置。

ディレクターも何とかしなくてはならないと思いつつ、忙しさにかまけて放置。

それで何となく流れてしまった。

捏造番組で自浄作用が働かない。

そこで菅総務相が放送局への新たな処分案を提出することを示唆し、行政監督を強化するつもりでいる。

「あるある」の捏造が次から次へと暴露され、「いい加減にしろ」の状態。

政府による介入は、報道の自由、表現の自由が脅かされる由々しき問題だが、それを許してしまうのは、関西テレビがあまりにいい加減だから。

報道の自由は民主主義の根幹をなす国民の知る権利を担保する。

そのためには、テレビ局はしっかりとした番組を作って放映するしかないのに、関西テレビにそのやる気が見られない。

テレビは今週も、江原啓之のスピリチュアルやってていいの?

posted by 新聞批評 at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | フジテレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月12日

旧来になりつつあるテレビCM

2006年09月05日に「テレビCMしない横綱ペプシ」をブログ「松坂屋・高島屋・三越・丸栄・名鉄百貨店・東急ハンズ」で、公開しました。

ペプシコーラは、アメリカではテレビCMをしていなくても、ブランド力はコカ・コーラと変わりないのですね。

その秘密はどこにあるのか、書きました。

「テレビCMしない横綱ペプシ」

ペプシとコカ・コーラを比較すると、日本ではブランド力、売上などで、ユーストアーと松坂屋の違いほどあるように思う。

ではアメリカではどうだろう。

昨年12月12日のNYSE(ニューヨーク証券取引所)での終値では、コカ・コーラが1919年に上場して以来、ペブシコとコカ・コーラの時価総額が86年目で初の逆転したという。

株数と株価を掛けた企業価値では、ほぼ同じ。

ペプシコーラなどまったく相手にされていない、存在感のない飲料メーカーだと思われていたら、とんでもない横綱だった。

ペプシは旧来のマーケティングであるテレビCMから撤退して、インターネットなどの新しいアプローチのニューマーケティングを使って、コカ・コーラと市場を二分する横綱メーカーになっていたのだ。

もともとマス・マーケティングは、産業革命から生まれた大量生産・大量消費のためのもの。

大資本による大企業が大量生産し、新聞、テレビを大量消費の媒体として最大限活用して、大量販売してきた。

コッカ・コーラを飲もうよ♪

という、テレビCMで、大量の大衆消費者に浸透を図ってきたこれまでのマス・マーケティング。

ところが、ペプシはテレビCMはとらなかった。媒体戦略が違った。

実際テレビCMがどれほどの効果があるのか、それを検証することはほとんど困難であるにもかかわらず、1本150円のペットボトル飲料に、年間20億円、30億円の広告費がテレビCMに使われている。

1人あたりの到達コストではテレビCMが一番安いといわれてきたが、その信憑性もどうだろう。

コカ・コーラに限らず、サントリーやビール各社も、莫大なテレビCMに宣伝広告費を賭けるのも、そうした確信めいたものがあるからだろうが、それをどうやって検証するのか。

広告費はペットボトル1本、数円から数十円かも知れないが、それは本当にテレビCMの効果によるものなのか。

ペプシはテレビCMを行わなかった。それでもコカ・コーラを抜いた。

インターネットは広告費でもラジオを抜き雑誌を追い上げ、テレビの広告市場をうかがっている。

インタネットでは、テレビ広告が、すなわちブロガーのオンラインコミュニティと彼らが書くブログ、ブログスフィア(BlogSphere)にとって代わる可能性も指摘されている。

インターネットでは、広告は多くが出来高払いで、広告効果がなければ、費用は発生しない。

今テレビ業界は、面白くない番組を朝早くから深夜遅くまで垂れ流す地上波テレビでは、視聴者の飽きがきており、また見たいと思うテレビ番組はスカパーなどに流れ、あとはネットで遊んでいるユーザーたちがパソコン画面を眺めている。

マーケティングのアプローチとして、ネット時代を迎え、テレビ媒体は旧来のものになりつつあるともいえる。
posted by 新聞批評 at 20:01| Comment(0) | TrackBack(1) | 広告・マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

韓国メディア事情

今は閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」で、韓国メディア事情について書きました。

「韓国新聞法が施行へ」(2005年07月28日)

韓国の新聞法が7月28日、本日施行された。

正式の名前は「新聞等の自由と機能保障に関する法律」で、立法趣旨は言論機能の保全や読者の権限保護。

謳っていることは立派のようだが、内容はよく分からない。

だがこれが韓国で60%前後の圧倒的なシェア(約640万部)を誇る主要3紙「朝中東(チョジェドン)にはすこぶる評判が悪い。

朝は朝鮮日報、中は中央日報、東は東亜日報、この朝中東3紙が新聞法に猛然と反発する。

韓国では南北の分断以来、歴代軍事政権は反共イデオロギーにより言論を徹底弾圧。

統制された新聞や放送は、権力の立場から情報を生産、配給して、権力から独占的利益を得てきた、いわゆる族閥言論。

権力と結びついてうまい汁を吸ってきた。

3紙は軍事政権時代に販売網の基礎を作り、豊富な販売拡張資金で他紙を排除してきた。

これが軍事政権を否定し、歴史の見直しを進める盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権と敵対する。

新聞法では3紙のシェアが市場全体の6割以上を占めれば、「市場支配率事業者」とみなし、行き過ぎた価格改定や景品、無料提供などが発覚すれば罰金が科せられる。

3紙は名指ししていないが、朝中東を狙い撃ちしているのは明らか。

また新聞法により新設される「新聞流通院」が新聞や雑誌を共同配達し、地方にも専売店を持った大手紙に対抗する。

盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は政権批判する3誌に代わって、政権よりの新聞を育てようとしている。

このほか大手紙との競争に敗れて広告紙面が全体の5割以下の新聞を「新聞発展基金」の優先支援対象とし、救済する。

世界に例がない一般市民からの募金によるハンギョレはこの恩恵を受けるため歓迎しているが、世界新聞協会(WAN)は「市場の自立性に任せるべきだ」と批判。

これでは御用新聞を政権が権力を利用して作っているというほかない。

インターネット新聞も初めて新聞並みに支援と規制の対象とし、政権に近いオー・マイ・ニュースも基金の資金を受けられるようになる。

韓国メディアは守旧派と改革派の2つの熾烈な戦いが始まり、韓国世論は二分されて、政権は既存の情報秩序を破壊し、新たな情報秩序を作り出そうとしている。
posted by 新聞批評 at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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