2007年02月10日

危機意識に乏しい日本の既存メディア

今は閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」で、危機意識に乏しい日本の既存メディア事情について書きました。

「老衰辿る既存メディア」(2005年03月06日)

ライブドアのホリエモンこと堀江貴文社長が、日本外国特派員協会で講演した。

ホリエモンは「ネット、メディア、金融のコングロマリット(複合企業体)を目指している」と自社の将来像を語った。

何だかよく分からないが、インターネットとテレビ、新聞を融合させて、ネット証券、ネット銀行の分野を広げていくことだろう。

日本のロイターを目指すのか、ホリエモンの鼻息は荒い。

そして「映画がテレビに追い抜かれた」とも述べ、フジテレビジョンの日枝久会長だけでなく、日本のテレビ関係者をドキリとさせることを言った。

現代で映画はテレビ、テレビはインターネットに置き換えられる。

テレビがインターネットに追い抜かれる時期に来ていると言いたかったのだ。

ホリエモンは「放送は一方通行で今後先細りする。ブランド力や多くの視聴者を持つ今のうちにIT(情報技術)事業で成功しなければ、10年後にはビジネス機会を失う。(高速大容量通信が普及した)今がチャンスで、ここ1、2年後が勝負だ」と今回のニッポン放送株の買収目的を語った。

テレビ局はインターネットにとって代わるから、今のうちに手を打たないといけないと既存メディアに警告的に教えてくれる。

だがテレビ局はそれを受け入れたくない。

だが見たくもない将来の世界を受け入れたくないと言っていては、いずれ老衰で死を待つだけとなる。

ここは脱皮して再生することを考えねば。

ところがフジテレビジョンはこれを拒絶した。

アメリカABC放送のプロデューサー、デープ・スペクター氏が、テレビ番組で過激にホリエモンを攻撃するのは、テレビがご臨終する悪夢を見たくもないからか。

テレビ、新聞の既存メディアが、このままの状態で未来が開けるのだろうか。

老化現象がすでに始まって、老衰を辿(たど)っていくことが分かっているのに、認めようともしないところに、本当の危機意識があるのか、ないのか、どうだろうと思う。
posted by 新聞批評 at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | フジテレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月09日

怯える読売新聞

今は閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」で、危機感を持つ日本の既存メディアについて書きました。

「怯える読売新聞」(2005年03月04日)

市場競争経済を金科玉条のように言ってきたのは誰だったのか。

市場原理、規制緩和、メガ・コンペティション・・

これからの時代潮流のように言われて、それを体現しようとした時代の寵児(ちょうじ)、ライブドアの堀江貴文社長が今たたかれている。

読売新聞はプロ野球再編問題で、1リーグ制を画策するものの、近鉄買収に名乗りを上げたライブドアにより頓挫したことで、敵意を見せ、ニッポン放送株を巡るフジテレビジョンとの買収合戦でも、紙面で罵(ののし)る。

読売新聞はただライブドアに面白くないだけでなく、何かに怯(おび)えているのかも。

ライブドアがとてつもなく恐ろしいことを考えている、と。

朝日新聞の購読者は比較的ポリシーを持っているから、当面さほど影響はないかも。

産経新聞の購読者もポリシーの中身が違っても、同じようにポリシーを持っているから、当面さほど影響がないかも。

中日新聞はおらが新聞。

中日新聞を購読することが名古屋人のアイデンティティー。

これまた当面影響がなかろう。

ところが読売新聞は?

ライブドアはインターネットによるウェブ新聞を始める。

全国で記者を募集し、研修費用は1日x8,000円を応募者が支払う。

ちゃっかりしている。

ネットでアクセス件数の多いニュースを紙媒体の新聞に大きく掲載する構想。

すでに韓国ではオンライン報道機関の「オーマイニュース」が、既存メディアを凌駕(りょうが)。

保守的な既存メディアは、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の当選により反体制新聞になってしまった。

これは明日の読売新聞の姿なのだろうか。

読売新聞が怯(おび)えるのはこれか。

でも他の新聞、テレビも先のことは分からない。

まもなくサイバー報道革命がやってくる。
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2007年02月08日

韓国ネット言論に日本の明日の姿

今は閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」で、韓国メディア事情について書きました。

「韓国ネット言論に日本の明日の姿」(2005年07月25日)

2004年韓国の総選挙でウリ党が過半数を制すると、言論改革が始まったという。

まず改正新聞法、与野党の妥協の産物ということで、保革双方から批判を浴びた。

この改正新聞法にはインターネット言論も規定されることになり、世界初のこととか。

それほど韓国におけるインターネット言論の力は無視できないことか。

2004年の大統領選挙でノサモの盧武鉉(ノ・ムヒョン)支援サイトの威力に圧倒されたことにより、ハンナラ党はネット対策に乗り出したというから、これを証明している。

日本でもネットはこれまでオタクの趣味程度にしか扱われておらず、その後もスポーツ、グルメなど情報収集に利用される軽い若者文化の一つでしかなかった。

それが韓国では社会を動かす原動力となり、新しい権力となっている。

日本でも巨大メディアの情報独占体制がインターネット言論により、地殻変動を起こすかもしれない。

日本の新聞は私企業、営利団体、儲けがなければ新聞社は存続できない。

バブル時代に比べて広告費は落ち込み、経営基盤が徐々に弱くなれば広告主に擦り寄るのは目に見えている。

そこがジャーナリズムの歪みを生み、権力に対して強い抵抗力を失うことになる。

テレビだって同じ、むしろ免許事業であるところが、新聞よりも権力に対して抵抗力が弱い。

韓国の既存メディアがそれだったようだが、そこにインターネット言論が殴りこみ、韓国のデジタル・デモクラシーが徐々に根付きかけている。

日本でもブログが昨年辺りから爆発的に普及していることから、韓国のネット言論に日本の明日の姿を見る思いがする。
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2007年02月07日

韓国の電子民主主義

今は閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」で、韓国メディア事情について書きました。

「韓国の電子民主主義」(2005年07月19日)

「韓流民主主義とは何か。この一冊で韓国政治とメディアの今が分かる」と新聞の広告記事。

玄武岩(ヒョンムアン)著「韓国のデジタル・デモクラシー」を早速書店で購入した。

「序章 韓国政治でいま何が起きているのか」

韓国で現在インターネットという電子メディアが既存のメディア権力と対抗する中で、新しい政治的な公共空間として生成されているという。

すべての市民が記者というオンライン新聞オーマイニュースやノサモという大統領選挙で活躍した盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏の支援ネットワークがこれだろう。

玄武岩(ヒョンムアン)氏は、これらの動きを電子民主主義、デジタル・デモクラシーというのであれば、ブロードバンド大国の韓国は世界史の中で、まさに電子民主主義の新しい時代を切り開いていると、えらく評価している。

それが2002年暮れの大統領選挙、韓国のネット市民、ネティズンがインターネットで既存の政治組織に対抗する市民ネットワーク、コミュニティーを形成して、盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏を大統領にさせたと。

韓国メディアは従来、朝鮮日報、中央日報、東亜日報の保守新聞が世論をリード、これに対し、ネットでは既存メディアに対抗し、オーマイニュースのほか政治コラムサイトが活発化、これまでの既存メディアに飽き足らないネティズンが誕生した。

日本でもオンライン新聞、JANJANや優れた政治コラムサイトも誕生しているが、いずれも既存メディアに対抗する勢力にまで至っておらず、ブログ「新聞批評」などのメディア批評するサイトもさほど広がりがない。

また一部を除き守旧サイトも多く、既存メディアを凌ぐまでの内容になっていない。

期待されるネット新聞も市民記者のレベルアップが必要で、市民記者が問題意識を研ぎ澄ませて、鋭い視点で切り込まなければ、オンライン新聞といったところで、既存メディアと対抗するどころか、既存メディアと何ら代わり映えしないことになる。

それでは時代の潮流のように言われるネットメディアも、インターネットは単なる媒体の一つにすぎない。
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2007年02月05日

イズベスチア紙の再国営化

今は閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」で、ロシアのメディア事情について書きました。

「イズベスチア紙の再国営化」(2005年06月13日)

ロシアのプーチン政権によるメディア統制が加速しているという。

ロシア革命後、旧ソ連を代表するイズベスチアは、長くソ連共産党の国営宣伝機関だった。

ソ連崩壊前後に民間紙として再出発して、いまや実質的経営者が金融財閥のポターニン氏による高級紙として評価が高まったが、これがまた再国営化されるという。

昨年04年9月にロシア南部北オセチアのベスランで起きた学校占拠事件。

イズベスチア紙は記事もない、見出しもない、1面に大きな写真が1枚だけの新聞を発行した。

その一面には、傷ついたほとんど裸の少女を抱く父親の大きな写真だった。

プーチン政権のメディア介入が招いたイズベスチア紙の抵抗もここまで。

この写真でもプーチン政権を無言で批判することから、政権はイズベスチア紙のこの対応を許さなかった。

政権はイズベスチア紙の国営化により、政権批判を封じ込め、言論封殺を試みる。

民主主義を認めないとんでもない国と欧米からの批判に対して、ロシアは衛星テレビ局「ロシア・トゥデー」を新設して、欧米に向けて24時間英語によるメディア戦略によりイメージアップを図る。

どんなに繕っても、言論の自由を認めなければ意味がないのに、そんな努力をしても化けの皮が剥がれるだけ。

イズベスチア紙の国営化をやめて、報道の自由を認めることが一番のイメージアップにつながることが分からないだろうか。

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2007年02月04日

情報統制できないネット世論

今は閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」で、中国のメディア事情について書きました。

「情報統制できないネット世論」(2005年04月14日)

中国のラジオ、テレビ局はいずれも国営、日本のような民間放送はない。

日本のNHKテレビに当たるのは中央電視台、ラジオに当たるのは中央人民広播電台、中国語を含め世界38ヶ国語と4つの方言で世界に発信するのは中国国際広播電台。

これらはすべて中国共産党の情報統制下にある。

ところがインターネットの普及で当局がどんなに情報操作しようにも、情報は漏れ出していく。

アクセス人口は日に6800万人、アメリカに次いで世界第2位。

大学やネットカフェなどでも利用されている。

また中国の若者文化に普及したQQ(チャット)の利用人口は1億人、携帯電話のメールにしても爆発的な普及、これで当局が情報統制しようにも、もう制御できない不能状態になっているのでは。

4月14日の朝日新聞一面に「反日デモ中国ネット通知活発」とある。

今週末にも再び日本への抗議デモを呼びかける動きがネット上で活発になってきたという。

ネット世論が力をつけてきた中国社会は、上からどんなに押さえつけても、地下水脈で流れている情報伝達は、もうどうにもならない。

インターネットは中国共産党による独裁体制下でも、メディア統制の枠に収まらなくなった。

反日デモが反日で終わっている間は、中国政府も安泰だが、この扱いを一つ間違えれば、中国政府だってどうなるか分からない。

中国のネット世論に注意が離せない。
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2007年02月03日

アメリカの情報自由法

今は閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」で、アメリカのメディア事情について書きました。

「知る権利の実現」(2005年06月07日)

「あらゆる自由は知る権利から」(1948年)、「報道の自由が守る『知る権利』」(1953年)という新聞週間の代表標語がある。

戦後間もない1948年に「知る権利」が意識された日本で「知る権利」を実現するために必要な法律は、実は70年代に入ってから。

この動きはまずアメリカのジャーナリストたちの声から出た。

アメリカでは政府権力も巨大化、肥大化して、それにつれて情報を秘匿するようになってきた。

特に第2次世界大戦が始まって、大戦後において、国際情勢に関する情報を隠すことで、知る権利や情報の自由という主張が出てきた。

ジャーナリストの職業団体「シグマ・デルタ・カイ」は「情報自由促進委員会」を創設、アメリカ新聞編集者協会もこれを調査した。

そこから連邦議会も動き出して、アメリカにおいて66年、情報自由法が制定された。

72年、先ごろメディアを賑わしたウォーターゲート事件が発覚。

6月2日付ワシントンポストは匿名情報源が元FBI副長官だったことを明らかにしたが、この事件は当時のニクソン米大統領再選を画策するグループが、ワシントンのウォーターゲートビル内の民主党全国委員会本部に侵入し、盗聴器を仕掛けようとして逮捕されたもの。

これをワシントンポストの2人の記者が報道で追及、74年、とうとう大統領が辞任に追い込まれた。

この年に、66年に制定された行政機関が拒むことが出来た名ばかりの情報自由法を改正することになって、名実とも「知る権利」を実現する法律となった。

ところが日本では、このような動きはジャーナリズムでは生まれなかった。

72年、外務省の沖縄密約電文漏洩事件が毎日新聞にすっぱ抜かれ、毎日記者が逮捕、外務省の女性職員との関係にメディアの関心が移った。

このことが影を落としたのだろうか、「知る権利」はアメリカの情報公開の実情を法律家が紹介する形で展開されることになった。

日米の違いを見ると、日本のジャーナリズムにはその使命が感じられず、高給貰ってサラリーマン化しているのかと思いたくない。

格好つけて「知る権利」で逮捕、会社を首になるより、家族を抱える身、記者クラブで○○やっていたほうが楽しいのかも。
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2007年02月02日

「直行便」が定着

「直行便」が定着(05年2月15日)について、書きました。

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「直行便」が日本語 として定着してしまっているのだろうか。

2月17日、間もなく中部国際空港が開港するのに伴って、セントレア(中部国際空港の愛称)のテレビ CMに「直行便」という文字。

朝日新聞 は飛行機 で途中どこにも立ち寄らずに目的 地に行くのを「直航便」とはせず、依然「直行便」を使用する。

その一方で、朝日新聞 は「国際線の就航便」と「就航便」を使用する。

ならば、なぜ「直航便」ではないのだろう。

「言葉は生き物だから時代とともに苦手な文字が変わるのは仕方がない、という見方もあるだろう。・・それでも正しい日本語 をきちんと教える努力を続けなければならない」と述べたのは朝日新聞 の社説ではないか。
(05年2月6日「一にも二にも読み書き」)

「落書き」を「楽書き」

「遠足」を「園足」

とする間違いを社説は指摘した。

漢字、日本語 の混乱が激しくなってきた現代、前に見た「直行便」がほぼ定着している現状ならば、いずれ「楽書き」も「園足」も、日本語 として定着していくのも時間の問題かも。

「直行便」が新聞 用語に従った記載例なら、その新聞 ルール を改めなければ、漢字、日本語 の混乱に、いっそう拍車がかかるだけ。

漢字、日本語 を大切にという朝日新聞 は、漢字、日本語 を大切にしているだろうか。

「直行便」を定着させたのは、よりによって朝日新聞 ではないか。


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05年2月15日にメルマのブログ「新聞批評」より。

なお、メルマは05年11月末で停止されます。

posted by 新聞批評 at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 朝日新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月01日

中台直行便は直航便?

「直行便」と「直航便」。

どちらの漢字が正しいのか、朝日新聞は「直行便」としました。

そこで「中台直行便は直航便?」(05年1月16日)について、書きました。


「中台、直行便に合意」

5段白抜きの大きな見だしは、否応なく目にとまる。

05年1月16日、朝日新聞 朝刊の一面トップの見出しだった。

2面の「時時刻刻」には「直行チャーター便合意」と3段縦見出しがある。

これも目にとまる。

中国 と台湾 の間で、双方の航空会社がそれぞれチャーター便を直接乗り入れることで合意した。

1月29日から2月20日にかけて、北京 、上海 、広州と台北、高雄を結ぶ。

中国 機が台湾 に乗り入れるのは49年の中台分断以来、実質初のことで、途絶えていた中台間の復活に明るい展望が開けるかも。

それゆえ新聞 は一面トップにこれを持ってきた。

記事には「中台間の『三通(直接の通商、通航、通信)』のうち、直行便は最後に残された課題」とある。

記事も「直行便」とする。

記事をさらに読む。

「中台双方のそれぞれ6社が合計96便を運航する」と「運航」、「運行」とはしない。

「三通・・通商、通航、通信」と「通航」、「通行」とはしない。

いずれも「航」を用いている。

ならば直行便は、直航便とするのが日本語 としての正しい使い方ではないかと思う。

辞書を開くと、直行は「まっすぐ、よりみちをせずに、行くこと」とある。

「会場へ直行する」というように使われる。

また直航は「船や飛行機 で、途中どこにもよらずに目的 地へ行くこと」とある。

例文はなかったが、やはり見だし、記事は「直行」でなく、「直航」を使用すべきではないかと思う。

新聞 には新聞 業界で決められた日本語 のルール がある。

「直行便」は校正ミスではなく、それに従ったまで、となれば日本語 として正しくない。

ルール を改正すべきだと思う。

大学入試に一番出題される引用新聞 と自ら宣伝 しているのだから。

この日、大学入試センター試験が、全国で行われていた。


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05年1月16日にメルマのブログ「新聞批評」より。メルマは05年11月末で停止されます。

なお、ミクシィでNHK教育番組の漢字の先生と知り合い、尋ねたところ、この場合、「直航便」だとのことでした。
posted by 新聞批評 at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 朝日新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月31日

メディア戦略で国民は熱狂

2005年9月11日は、衆議院総選挙でした。

小泉純一郎首相が党内の反対勢力を追い出すために、郵政民営化で衆院を解散してしましました。

そこで、ジャーナリスト出身のムッソリーニ顔負けのメディア戦略を練って、国民は熱狂しました。

閉鎖されたメルマブログ「新聞批評」より。

「大衆操作と宣伝メディア」(2005年09月23日)

大衆操作は権力エリートにより巧妙に行われる。

政府、政党、官僚により、あるいはジャーナリスト、評論家、知識人が新聞、テレビ、雑誌などに登場して、一般大衆の人間の自尊心や自発性に訴えながら、権力エリートの欲する方向へ、市民が望み考え、支持するようにリードしていく。

その際、用いられる言葉はシンボルと呼ばれる。

改革を止めるな。前進か後退か。賛成か反対か。

郵政民営化法案が参院で否決され始まった衆院解散総選挙は、この政治シンボルに言葉の魔性が潜んでいた。

大衆を統治する上で、行動による物理的強制でなく、心理的強制をどのように図るかは、現代民主主義では、政治シンボルが極めて重要な役割を果す。

大衆操作は消極的には情報を統制規制、積極的には政治シンボルを使用し、大衆による支持のムードや熱狂的情動をかきたてることによりなされる。

今回の総選挙では、小泉・自民党はこれが成功し、岡田・民主党にはこれがなかった。

またメディアは小泉・自民党の宣伝の道具になっていなかったのか。

大衆にはこれが見分けられなかったのか、あるいは見透かせての賢明な選択だったのか、今後の4年間で解答が得られるが・・

いずれにせよ小泉純一郎・総理大臣は、メディア利用を知り尽くしたムッソリーニに並ぶ大衆を権力維持の手段として利用した類まれな政治家だったことは証明されたかも。
posted by 新聞批評 at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 世論操作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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